お知らせ

川崎ほしよみ堂 人間万事塞翁が馬 誰もが知っている格言をおくります。

今日は、だれでもが知っている格言をおくります。

昔、あるところに塞翁(さいおう)と呼ばれるお爺さんがいました。

ある時、その塞翁が飼っている駿馬が突然いなくなりました。

村の人々は、「あんな素晴らしい馬は二度と手にできまい。大変な損失だ」と口々に言いました。

しかし、塞翁は「さあ、どうであろうか」と特に動揺はしていませんでした。

ある日、いなくなった駿馬がもう一頭、見事な駿馬を連れて村に戻ってきました。

村の人々は、塞翁に言いました。

「なんと運が良いのだ。逃げたと思った駿馬がもう一頭を伴って帰ってくるとは」

しかし、塞翁は、「さあ、どうであろうか、これは禍になるであろう」と言いました。

ある時、塞翁の息子が、その新しい駿馬に乗って、平原を駆け巡っていると、

ふとした拍子に、落馬し、足の骨を折ってしまいました。

村の人々は言いました。「いい馬だと思ったが、実は不幸をもたらす馬なのでは」

塞翁は言いました。「さあ、どうであろうか、これは幸いになるだろう」

そんなある日、その村を巻き込んだ戦が勃発し、多くの若者が戦地に赴き、命を落とす中、

塞翁の息子は足の怪我のために徴兵されず、命を取すことはありませんでした。

どんな出来事も、「見る視点を変えれば、全く違う意味を持つようになる」このことを伝える言い伝え、

格言です」

(出典は中国前漢時代の思想書「淮南子」(えなんじ)「人間訓」の故事から。ちなみに人間(じんかん)とは世間という意味です)

ここでは「人間」【にんげん】とは読まずに【じんかん】です。

この格言は、知るとなるほどと納得しますが、実際に、

そのような捉え方はなかなかできないのが現実ですよね。

多くの人が目に見える事実から物事をとらえますが、占い師は見えないものから、

多くの事をとらえようとします。

占い師は、塞翁(さいおう)と呼ばれるお爺さんと、同じことをするんですね。

ぜひ、見えないものを見に来てください。

 

紫微斗数占い

 

感謝

 

占い師 厳 朱零でした。

 

 >  特別な人だけじゃない。私たちもノミネートをされている。

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