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川崎ほしよみ堂 厳朱零のダイエット自分史 永遠

私のダイエット自分史は長い。

学生時代は、陸上競技の短距離選手だったので、ダイエットには無縁だったけど、

痩せてはいなかった。

社会人になり、仕事量と酒量と怠惰な生活は、体重と比例し、仕事のストレス?を酒と食事で補う生活で、

スポーツは、学生時代以降は無縁であったのも良くなかった。

それでも若い時(30歳~50歳)には自分では、全然気になることもなく、

怠惰な生活を継続していたが、ある瞬間に怠惰な生活、最後の日が来てしまった。

その時は身長170㎝、92㎏でかなりの肥満体だった。

リビングで、床暖のフローリング上でリラックスして、目の前のテレビを見ていた時に、

急にせき込み、一瞬であったが、気を失って前のめりに、頭を床のフローリングに打ち付けてしまった。

それはほんの一瞬であったが、すぐさま気づいて、何があったのかなというていでいたが、

たまたま、家内がその瞬間を見ていた様で、次の日から、強引にジムに連れて行かれて、

それから毎週土日はジム通いとなった。

自分でもやばいなと思っていたので、続けることが出来た。

私が小学校の頃、水泳選手をしていて、少しは泳げたので、プールをメインに、

毎週少しづつ距離を伸ばしていった。

最初は300mでもゼイゼイと苦しい状況であったが、毎回、少しづつ距離を伸ばし、3か月ほどで1000m泳げるようになった。

それからは、楽しんで距離を伸ばし、最終的には無理をすれば3000m泳いでも平気になった。

もちろんきついことばかりでなく、ジムの後は、その隣にあった中華でビールと食事を食べて帰るのが習慣になっていた。

ダイエットを始めて1年ほどで、体重も7㎏程減少していた。つまり85㎏程度になっていた。

ただ、それ以降は、泳いでも体重の変化は不思議となかった。

ちょっと無理をして、3500mを連続で泳いでいたら、おそらく体力的には相当疲れていたのだろう。

肺炎の少し手前の病気になり、それ以降無理をしないことに決め、長くて2000m、体調によっては1000m程度の泳ぎで継続していた。

暫くして、再度ダイエットの瞬間が来た。

もう少しダイエットしたいなと思っていた時に、会社の忘年会でダイエットの話が出て、

社の代表と3か月で10㎏減量できるかどうかを話していて、出来る出来ないの話になり、

私がやってみることになった。

翌年の1月1日から3月末までにというルールで。

炭水化物ダイエットで20㎏近く痩せたという同僚の話を信じて、炭水化物ダイエットと決めて、

3か月間米、パン、麺類を断つことにした。

炭水化物ダイエットを教えてくれた彼は、実は20㎏痩せても外見は殆ど変わらなかった。

ちょっと残念。

結論から言うと、見事72㎏まで落とすことが出来た。

結局、3か月間に炭水化物を取ったのは朝昼晩合わせても、4回のみ。

仕事でどうしても断れない場合の4回だった。

自分の意志の固さを確認できたのは大きかった。

家内の全面的協力も大いに助かった。

その間、少しずつ減量していく体重、体重計に乗るのが楽しみになったのは言うまでもない。

今、ダイエットする前に、出来るかどうか占うだろうか?

占わない。

何故なら、行動すればダイエットできると分かっているから。

占いに相談に来る方々は、「この先どうなるか?」「どう行動すればいいのか?」を相談される。

当然、占います。どう行動すればいいのかをご提案するために。

感謝

 

川崎ほしよみ堂  厳朱零

出演日:木曜日、日曜日

予約受付中

予約は川崎ほしよみ堂ホームページから

 

 >  特別な人だけじゃない。私たちもノミネートをされている。

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